診療グループ

腫瘍性肺疾患グループ

業 績

臨床

九州大学病院呼吸器内科における腫瘍性疾患の入院患者数は、2022年度は805名であり、これは呼吸器内科入院患者の約8割を占めています。腫瘍性肺疾患は原発性肺がん(小細胞肺がん、非小細胞肺がん)、胸膜中皮腫や胸腺上皮腫瘍と多様であり、当科ではこれらに対する薬物療法を主体とした治療を行っています。
近年の薬物療法の進歩は著しく、適切な検査を行い、最適な治療を患者さんに届けることが重要になっています。非小細胞肺がんにおいては、がんの原因となっている遺伝子異常(ドライバー遺伝子)が多数発見されており、特に9種類のドライバー遺伝子に対して効果の高い分子標的治療薬が承認され、日常診療で使用可能になっております。当科では次世代シークエンス法やPCR法を用いてこれらのドライバー遺伝子の有無を確認し、分子標的治療薬を使用する医療(がんゲノム医療)を積極的に行っております(図1)。

<図1>

進行非小細胞肺がんに対する遺伝子検査のゲノム医療の発展(2024年4月現在)

免疫療法(免疫チェックポイント阻害剤)は、腫瘍性肺疾患に対し、「がんゲノム医療」と双璧をなす重要な治療選択肢となっております。患者さんの中には免疫チェックポイント阻害剤の著明な効果が得られ、長期にわたって効果が持続する方もいらっしゃいます。様々な免疫チェックポイント分子(免疫を制御する分子)に対する薬剤の開発が盛んに行われており、さらなる治療効果の改善が期待されます。当科では既承認の免疫チェックポイント阻害剤による治療だけでなく、新薬開発のための臨床試験(治験)を多数行っており、さらなる治療成績の向上を目指しております。

薬物療法が進歩しても、依然として腫瘍性肺疾患は難治性の疾患です。様々な課題が残されており、難治性呼吸器疾患の診療拠点として大学が果たすべき役割は益々大きくなっていることを実感しています。日進月歩の腫瘍性肺疾患に対する治療を患者さんへ還元するだけでなく、より優れた治療法の開発、新たなエビデンスの構築が必要あり、これらの使命感をスタッフ、若い先生方で共有し、力を合わせて臨床研究、基礎研究に取り組んでいます。

臨床研究

難治性疾患への新治療開発には倫理的、科学的に優れた臨床研究の計画とその実行が必須です。我々は、より良い治療法開発を目指し、多施設共同臨床試験及び医師主導治験を立案・実施しております。直近3年間の成果を下記にお示ししますが、これらの臨床試験の結果は広く日常診療に還元され、一部は肺癌診療ガイドラインにも反映されております。(表1)

<表1>

試験名 研究代表医師・事務局 発表論文
T790M陽性の転移性非扁平上皮非小細胞肺癌を対象としたオシメルチニブ単剤療法とオシメルチニブ/カルボプラチン/ペメトレキセド療法の無作為化非盲検第II相試験(TAKUMI) 研究代表医師 岡本勇
研究事務局 田中謙太郎
European Journal of Cancer
2021,149:14-22
既治療の進行・再発非小細胞肺癌に対するドセタキセルとnab-パクリタキセルのランダム化比較第III相試験(J-AXEL) 研究代表医師 岡本勇
研究事務局 米嶋康臣
Journal of Thoracic Oncology
2021,16(9):1523-1532
Clinical Lung Cancer
2022,23(7):585-592
HER2 exon20挿入変異陽性の進行・再発非小細胞肺癌に対するトラスツズマブ・エムタンシンの効果を検討する多施設共同第Ⅱ相医師主導治験 研究代表医師 岡本勇
研究事務局 岩間映二
European Journal of Cancer
2022,162:99-106
特発性肺線維症合併進行非小細胞肺癌に対するニンテダニブ+化学療法と化学療法単独を比較するランダム化第3相試験 (J-SONIC) 研究代表医師 岡本勇
研究事務局 大坪孝平
European Respiratory Journal
2022 5;60(6):2200380
既治療進行非小細胞肺癌を対象とした免疫チェックポイント阻害剤ニボルマブとベザフィブラート併用の第Ⅰ相医師主導治験 研究代表医師 岡本勇
研究事務局 田中謙太郎
Science Translational Medicine
2022,14(675):eabq0021
進行非扁平上皮非小細胞肺癌に対するカルボプラチン+ペメトレキセド+アテゾリズブマブ療法とカルボプラトン+ペメトレキセド+アテゾリズマブ+ベバシズマブ療法の多施設共同オープンラベル無作為化第Ⅲ相比較試験(APPLE) 研究代表医師 岡本勇
研究事務局 白石祥理
JAMA Oncology 2023, Epub ahead of print

更に当科では新薬開発を目指した企業主導の治験を積極的に行っており、2023年11月時点で42治験により、九州大学病院診療科で最多の158名の被検者に治験治療を実施しております。これまでに当科が参加してきた企業主導治験の結果を基に実際に承認に至った薬剤、治療法も多数あります。治験は大学病院等の限られた施設でしか行うことが出来ませんので、近隣の病院には無い治療機会を提供するという点で大学病院の担う重要な役割の1つと考えております。

基礎研究

臨床研究は新たな治療法の効果を検討する直接的な研究になりますが、そこに至るまでには基礎研究の積み重ねが必要になります。また日常診療や臨床研究を行う中で新たに疑問点や解決すべき研究課題が生じてきます。我々は、数多くの、また最新の臨床研究を行う中で生じた研究課題を基礎研究に落とし込み、その結果を臨床に還元することを目的として基礎研究を進めております。
2024年1月時点で肺癌研究室には、計7名の大学院生が在籍しております。獲得した公的資金をもとに、がん遺伝子や免疫チェックポイント分子発現の制御機構の解明、分子標的治療薬に対する耐性機序の解明と克服などをテーマに基礎研究を行っております(表2、図2)。

事業名 役割 課題名
科学研究費助成事業
基盤研究(C)
2021年度〜2023年度
研究代表者
田中謙太郎
Hippo経路分子MOB1に着目したEGFR変異陽性肺癌の新規標的治療法開発
科学研究費助成事業
基盤研究(C)
2021年度〜2023年度
研究代表者
岩間映二
EGFR遺伝子変異陽性肺癌における抗体薬物複合体の作用機序に関する研究
科学研究費助成事業
基盤研究(C)
2021年度〜2023年度
研究代表者
米嶋康臣
免疫チェックポイント分子リガンドを制御するmiRNAを用いたバイオマーカー開発
科学研究費助成事業
研究活動スタート支援
2023年度~2024年度
研究代表者
柴原大典
EGFR遺伝子変異陽性肺癌におけるDrug tolerant persister細胞の新規遺伝子の同定

<図2>

腫瘍性肺疾患研究室の研究成果(例)

呼吸器内科医を目指す先生方へ

2000年代前半のドライバー遺伝子であるEGFR遺伝子変異の発見と2010年代の免疫チェックポイント阻害剤の登場により、進行期肺がんに対する個別化医療及び免疫療法は急速に発展してきました。しかしながら腫瘍性肺疾患領域にはいまだ広大な未開の荒野が存在しています。進行期肺癌治療の更なる成績向上には、臨床/基礎両面を理解し、「分子の眼で臨床を語る」「基礎研究で得た知見を臨床開発に繋げる」ことが出来る、physician scientistの存在が不可欠です。我々肺癌研究室は、地域で活躍できる、そして世界でも戦えるphysician scientistとなることが出来る道筋を示します。ぜひ肺癌研究室の門をたたいてください。

肺癌グループ 2023年4月 医学部百年講堂前にて