呼吸器科について

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沿革

九州大学病院呼吸器科・胸部疾患研究施設の歴史は昭和27年の医学部附属結核研究施設の開設から始まります。付属の診療施設として九州大学病院附属生の松原分院にて結核を含めた呼吸器疾患全般の診療を開始しました。

初代教授貝田勝美先生(1952-1961年)の時代は結核を主体とした研究が行われ、臨床面においては外科、内科が一体となったセンター的構想のものとで診療が行われました。また呼吸器病学の主流が結核から一般の呼吸器疾患へと移り変わり始めた時代であり、昭和35年4月に全国に先駆けて結核研究施設から胸部疾患研究施設とその名称を改め、新しい第一歩を踏み出すこととなりました。二代教授杉山浩太郎先生(1961-1978年)の時代には施設が生の松原から現在の病院キャンパスへと移転しました。移転後は外科グループが第二外科へ移り、内科単独の診療科・呼吸器科として再出発しています。田中健蔵先生(1979-1980年:第一病理教授と併任)、重松信昭先生(1981-1991年)、原信之先生(1993-2002年)と教室は引き継がれていき、2003年からは現教授中西洋一先生が教室を主宰しています。設立当初は結核を中心とした診療・研究が行われていましたが、時代の流れと共に疾患構成は変わり、現在では肺癌、間質性肺炎、喘息・COPD、感染性疾患と呼吸器疾患全域にわたって診療・研究を行っています。